■はじめに
「万が一トラブルになったとき、裁判所はどこで行われるのか」——契約書を作るとき、こんなことを気にしたことはありますか?
契約書に「合意管轄」の条項がない場合、トラブルが生じた際に、相手方の住所地・所在地など、自分にとって遠方の裁判所で対応しなければならないケースがあります。たとえば、東京の事業者が大阪の会社と契約している場合、請求内容や訴訟の起こされ方によっては、大阪の裁判所での対応が必要になる可能性もあります。
金銭的・時間的な負担を考えると、これは決して小さなリスクではありません。 そのため、契約書では、あらかじめ第一審の管轄裁判所を定めておくことが重要です。
この記事では、「合意管轄条項」と「準拠法条項」について、意味・必要な理由・書き方・注意点まで、わかりやすくご説明します。契約書を作成・確認する機会がある方は、ぜひ最後まで読んでみてください。
■本文
合意管轄条項とは何か
民事訴訟法の原則:管轄はどう決まるか
契約トラブルで裁判になる場合、どこの裁判所に訴えを起こすか(管轄)は法律で定められています。民事訴訟法の原則では、被告(訴えられた側)の住所地を管轄する裁判所が基本とされています(民事訴訟法第4条)。
また、契約に関する訴えについては、義務の履行地(金銭の支払いであれば債権者の住所地など)を管轄する裁判所にも提訴できます(同法第5条第1号)。
つまり、何も取り決めがなければ、相手の所在地や義務の履行地によって裁判所が決まってしまいます。遠方の裁判所が管轄になった場合、交通費・宿泊費・弁護士費用など、本来の争点とは別のコストが発生します。
合意管轄とは:当事者間でルールを決める
合意管轄とは、当事者の合意によってあらかじめ「裁判所を指定しておく」ことです。民事訴訟法第11条では、第一審に限り、当事者が合意で管轄裁判所を定めることを認めています。
これによって、トラブル発生時にどこの裁判所を使うかが明確になり、余計な争いを防ぐことができます。
専属的合意管轄と非専属的合意管轄の違い
合意管轄には、大きく分けて2つの種類があります。
専属的合意管轄
合意した裁判所のみを管轄裁判所とし、それ以外の裁判所への提訴を排除する定め方です。
第○条(合意管轄)
本契約に関する一切の紛争については、○○地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
この形式は実務上よく用いられ、「原則として、合意した裁判所で紛争を解決する」ことを明確にするものです。どちらの裁判所で争うかをはっきり決めたい場合に適しています。
非専属的合意管轄
合意した裁判所に加えて、法律上の管轄裁判所(被告住所地など)も使えるという定め方です。訴える側に裁判所の選択肢を残す形になります。一方で、「どちらの裁判所でも提訴できる」ということは、相手がどこに提訴してくるか予測しにくくなるというデメリットもあります。
実務上は、専属的合意管轄が圧倒的に多く使われます。
管轄裁判所の選び方と交渉のポイント
どの裁判所を指定するか
合意管轄で指定する裁判所は、第一審の裁判所であることを前提に、当事者間の合意によって定めることができます。ただし、高等裁判所や最高裁判所を第一審の管轄裁判所として指定することはできません。 よく指定されるのは以下のような裁判所です。
- 自社(自分)の所在地・住所地を管轄する裁判所
- 相手方の所在地を管轄する裁判所
- 取引の中心地(契約締結地・業務遂行地など)を管轄する裁判所
力関係が反映されやすい
合意管轄の選択は、交渉力の強い側が自分に有利な裁判所を指定しやすい部分です。特に発注者と受注者の関係では、発注者側が「自社所在地の裁判所」を指定してくることが多くあります。
フリーランスや中小事業者の立場で相手から契約書を提示された場合、管轄裁判所が相手方の地元になっていないか確認することが大切です。もし遠方の裁判所が指定されていれば、自社に近い裁判所への変更を交渉することも一つの手です。
フリーランスが契約書を締結する前に確認すべきポイントは、フリーランスが契約書を締結する前に確認すべき7つのチェックポイントでも解説しています。あわせて参考にしてみてください。
訴額によって地裁・簡裁が変わる
なお、訴訟の対象となる金額(訴額)によって、原則として地方裁判所と簡易裁判所の役割分担が変わります。訴額が140万円以下の場合は簡易裁判所、140万円を超える場合は地方裁判所が第一審を担当するのが基本です。
そのため、少額の請求も想定される契約では、「○○地方裁判所または○○簡易裁判所」と併記しておくケースもあります。
準拠法条項とは何か
準拠法とは
準拠法とは、「この契約の解釈・効力・紛争解決に、どの国の法律を適用するか」を定めるものです。
国内での取引であれば日本法が適用されるのことが通常ですが、外国企業・外国人との契約が絡む場合は話が変わります。たとえば、海外のフリーランスとの業務委託契約や、外国法人との取引では、「どの国の法律が適用されるか」が問題になることがあります。
国際私法(法の適用に関する通則法)では、当事者が準拠法を合意で決めることができます(法の適用に関する通則法第7条)。合意がない場合は、「最も密接な関係がある地の法律」が適用されますが、これが何かを判断するのは容易ではなく、争いになりやすいです。
国内取引での準拠法条項の意義
国内取引のみであれば、日本法が適用されることに疑いはなく、準拠法条項がなくても実務上の問題は生じないのが通常です。
ただし、以下のようなケースでは、国内取引でも準拠法を明記しておくことが望ましいです。
- 相手方が外国籍の個人・法人である
- 取引の一部または全部が海外で行われる
- 将来的に国際展開の可能性がある
- 契約書を英語でも作成している(バイリンガル契約)
「日本法を準拠法とする」と明記することで、後から「自国の法律が適用されるはずだ」と主張されるリスクを防げます。
合意管轄・準拠法の条文例
合意管轄条項(国内取引・専属的)
第○条(合意管轄)
本契約に関して生じる一切の紛争については、甲の本店所在地を管轄する地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
「甲の本店所在地を管轄する裁判所」のように定めると、甲(通常は発注者・依頼者側)に有利な条項になります。受注者・フリーランス側としては、相互に合意できる中立的な裁判所(例:東京地方裁判所)を提案することも検討してください。
準拠法条項(国際取引を含む場合)
第○条(準拠法)
本契約の解釈および効力については、日本法を準拠法とする。
シンプルですが、これだけで「日本法が適用される」ことが明確になります。
合意管轄・準拠法をまとめた条項例
第○条(準拠法・合意管轄)
本契約は日本法に準拠するものとし、本契約に関する一切の紛争については、○○地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
1つの条項にまとめて記載することも多いです。
合意管轄・準拠法条項がない契約書のリスク
合意管轄の定めがない場合の具体的なリスクをイメージしてみましょう。
シナリオ例
東京在住のフリーランスデザイナーが、大阪に本社を置く企業とウェブサイト制作の業務委託契約を締結しました。報酬未払いが発生し、フリーランスが訴訟を検討。しかし契約書に管轄の定めがなかったため、被告(企業)の住所地である大阪の裁判所が管轄となりました。東京から大阪へ何度も出向く費用と時間を考えると、少額の未払い報酬では訴訟を断念せざるを得ないケースもあります。
このように、管轄の取り決めがないことは、実質的に「泣き寝入りのリスク」を高める可能性があります。
業務委託契約の基本については、業務委託契約の基本でも詳しく解説しています。
支払条件のトラブルを防ぐための書き方については、契約書に「支払条件」を明記すべき理由|入金トラブルを防ぐための書き方ガイドもあわせてご覧ください。
専門家への相談が有効なケース
合意管轄・準拠法の条項は、一見シンプルに見えますが、以下のような状況では内容に注意が必要です。
- 相手から提示された契約書の管轄条項が、一方的に相手方に有利になっていないか確認したい
- 国際取引を含む契約で準拠法をどう設定すべきか迷っている
- 初めて業務委託契約書を作成するため、全体の条項を整備したい
- 複数の取引先ごとに異なる契約書を統一・整備したい
行政書士は、契約書の作成・確認・整備を業務として行います。「この管轄条項はおかしくないか」「準拠法をどう書けばいいか」といった相談も、気軽にお声がけください。
なお、海外事業者との取引において、相手国の法律を準拠法とする場合には、日本法とは異なる考え方や実務上の注意点が問題となることがあります。そのため、必要に応じて、当該国の法律に詳しい弁護士・現地専門家等にもご相談いただくと安心です。
また、契約書には解除条項・損害賠償条項など、他にも重要な条項が多くあります。解除条項については契約書の「解除条項」はなぜ重要か|トラブルを防ぐ記載のポイントを解説でも解説しています。
■まとめ
この記事では、契約書における「合意管轄条項」と「準拠法条項」について解説しました。要点を整理します。
- 合意管轄条項:トラブル時に使う裁判所をあらかじめ決めておく条項。民事訴訟法第11条に基づき、当事者の合意で定められる
- 専属的合意管轄が実務上の標準。「ここ以外の裁判所は使えない」という強い拘束力がある
- 管轄裁判所の選択は力関係が反映されやすい。相手方に一方的に有利な内容になっていないか必ず確認する
- 準拠法条項:どの国の法律を適用するかを決める条項。国際取引では特に重要で、国内取引でも相手が外国籍の場合などは明記が望ましい
- これらの条項がない契約書では、トラブル時に想定外の裁判所に呼ばれたり、どの法律が適用されるか争いになるリスクがある
- 相手から提示された契約書の管轄・準拠法条項に疑問を感じたら、専門家への相談を検討する
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